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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)403号 決定

抗告人(申請人) 島田正規

相手方(被申請人) 龍王町長

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は「原決定を取消す。本案判決確定にいたるまで、相手方が昭和三十年五月三十一日になした中巨摩郡龍王町町議会の解散処分の効力を停止する。」との裁判を求め、その理由として、別紙記載のとおり、主張した。

行政事件訴訟特例法第一〇条第二項によれば、行政処分の執行停止は、処分の執行によつて生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認められたときにのみなされるものであり、その損害というのは、純粋に抗告人個人のものではなく、抗告人が町議会の議員又は町議会の議長としての資格によつて生ずるものであつて、町議会が解散されたことによつて抗告人は右のような意味での損害は被つていると解するを相当とするが、抗告人の主張によつても、償うことのできない損害を避けるための緊急の必要あることはまだ認めることはできない。抗告人は右のような解散によつて、議員でありまた議長である職権を行使し得なくなつたというが(抗告代理人の昭和三十二年七月三日は上申書の記載)、それだけで右のような緊急の必要があるとも、まだ認めることができない。なお、抗告代理人の提出した疎明書類によれば、竜王町では昭和三十二年七月十日に町議会議員の選挙されたことが認められるが、町民の最近の意思を反映する町議会が近く存在することになることをも併せ考えれば、その一事で、抗告人に、相手方のなした解散処分の効力を停止するような、回復することのできない損害を避けるための緊急の必要が生じたとは却つて認めることができない。

よつて、抗告人の本件申請を却下した原決定は結局相当で、本件抗告は理由がないから、これを棄却し、主文のように決定する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

抗告の理由

一、原決定は申請人本人に於て個人的な損害を生じ其の損害が経済的に回復することが困難であつてしかもその損害を避けるため緊急の必要があると認められる場合のみに処分執行の停止をできると解するところ申請人にかゝる主張及び疎明が全くないと判示して居るが之は独断の認定である。即ち

(1) 抗告人は申請の理由に於て被申請人の為した無効若くは取消さるべき解散処分によつて其の議員及議長たる地位を失い以て町民の多数の要望による職務執行の不純を招来し此の儘放置さるれば本案判決に至るまでの長期に亘り其の地位の不安定をもたらす事を主張して居ることは抗告人審訊其の他の疎明によつて明に認定し得る所であつて之が即抗告人が将来必ず其の地位を復帰し得ること明なる事本件の場合其の間他に経済的活動をする事も不可能になつて仕舞い償う可らざる経済的損害を蒙る事は当然の理であり此の事は容易に判断し得るのである。

(2) 然るに原決定は漫然と其の主張に疎明がないとして居るが之は独断も甚しく抗告人の申請自体及審訊の結果並他の挙げた疎明によつて充分窺い得られる所であるので抗告人は先ず此の点に於ての原判示に納得出来ない抗告人が議員及議長として其の職責を果し得ない事は即抗告人が経済的に個人的損害を蒙る事は自明の理であり、之が長期に亘るときは例え後日其の地位が復帰しても回復する事も困難である事も当然である事は説明の要なく緊急の必要性ある事も本件の如く解散自体が明白に法規を無視した事明白なる場合に於ては何人も異論ない所であろう。

二、原審は本件解散により町政一般に償うことのできない損害が生じても斯の如きは第三者が蒙る損害であつて理由にならない行政事件訴訟特例法第十条第二項の場合は専ら個人的の経済的損害のみを意味して居るが之亦法の精神を没却した違法の解釈であつて不当である。即ち

(1) 右特例法の規定によれば処分の執行により償う事の出来ない損害の発生が回復し難い緊急の場合と明定して居るのであつて之を個人的若くは経済的と局限して居らない凡そ行政処分の執行は其の影響を受けるべき範囲は極めて広範囲であり、単に個人のみを対照とするものに非ず却て多衆に及ぼすことの方がより多いのが通常である本件の如く議会の解散が議会を失う事となり多衆町民の選挙と云う重大の公務行為の結果を無に帰す事となるので全町選挙民に影響を及ぼす結果となり、引て全町民の生活に至大の関係をもたらす事が最も至大の関係にあり寧ろ斯る場合は個人の損害などは顧慮せずとも町政全般に対する考慮が先ず優先さるべきものとも考えられるのが行政処分の本質上妥当であつて右特例法の趣旨は本件の如き場合は個人のみならず町全般に対する関係をも包含するものと解することこそ右法の趣旨に合致するものと思料される。

(2) 従て右法に明定する償うことの出来ない損害とは単に個人的経済的の損害のみならず町政全般に対する経済的乃至は政治的混乱総てを含む損害をも意味するものである本件執行に因る抗告人の主張疎明した如く直に町議会議員の総選挙が行われ議会が成立したとすれば(被申請人は解散宣言後の議決を執行して居る)二重に議会が生じ二個の議会が存在する事となり町政は全く混めいして仕舞い、果して町政は如何なる結末を招来するか考えるだけに慄然たるものさえある依て償うべからざるあらゆる損害が発生し回復困難になる事は必須である。

(3) 右特例法は申立がなくとも職権にても執行停止の道を規定し又公共福祉の重大性とも比較する事を定めて居る趣旨に於ても以上の法趣旨が充分窺われる。

三、以上本件に於て之を観るに本件解散は地方自治法に規定のない解散権を濫用して居る事は明白であり(被申請人の審訊の結果に於て明白である)之が無効若くは取消さるべき事は必至の案件に於て総選挙が行われ、又切迫して居る農業委員の選挙及町民税に各関する件に付何れも条例判定に迫られて居り、之が如きは町長の専決処分を許さざる極めて重大なる議決案件であり現在有効の議会が存在して居るのに被申請人が無効若くは取消さるべき運命にあることを知悉し乍ら敢て明文を無視して職権濫用して不当解散を敢てした事明白の案件に於て此の儘放置されるに於ては町政の紛乱町民の蒙る測られざる損害は抗告人自体も同様町民として受けるものであり、之が緊急性ある理由も充分存在するものである。

四、叙上の点に於て原決定は法規の解釈に違法の点があるのみならず憲法の解釈に於ても違反の点ありと思料される。即ち憲法には

(1) すべて公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でない旨を明定して居る。

翻て本件に於て之を観れば被申請人は町民全部の奉仕者であり一部議員にのみの奉仕者でない事は明であり、従て有効に存在する議会を故意に否認してなした被申請人の不当解散の結果総選挙が執行せられ後日解散が無効若くは取消されたとき叙上の様に町民全部に対する奉仕者としての責任を履行する事が出来なくなり今こそ緊急の場合に該当するのであつて本件特例法の趣旨は右憲法の本則に沿うべきものであるので原審は結局右憲法の解釈に於ても誤りある憲法違反と思料される。

五、以上の理由によつて本件解散が違法である事の如きは極めて明白な案件に於ける原決定は違法のものとして之が取り消しの上一日も早く抗告の趣旨の様な御裁判を求めるため本申立に及んだのである。

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